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自死した友へ

2018/ 09/ 08
                 
死顔は穏やかだった。


何事もなく、そこに寝ている、そういう印象だった。


今起きても、なんの不思議もない、


〜君、と言ったら、何って、、答えそうな寝顔。




僕は否定はしない、


君が死を選んでこの世を去った事実は、


否定はしない。




親でさえ、自分の子供を全て理解できているわけでは、ない。


10代、心のバランスも、身体の成長から受ける影響も、


出会う本や時代の風潮からも、


人は影響を受ける。



ついさっき書店の前を通ったが、


外に張り出した週刊誌の広告の一文字が、


まだ記憶にある、、どうしてか、わからない。



そうやって、人の脳は、意味あるものと、意味のない全く関係ないものを、


繋げたり、うまく切り離したりして、日々の生活を営むようにできているのだと、


僕は思う。



が、人の脳に何が取り付き、それを実行させるに至るかは、


未知数であって、、、


一体何があって、何がきっかけで人は死を選び、


実行するのか、わからない。


そういう人は、明確な決断があり、意思があり、、、覚悟があるのだろう。




普段は、死ぬことが怖い、と思っていても、


何がきっかけで、引き金となって、死を選ぶことになるのか、


自分でもわからない。


君のご両親も、わからないと言う。



君の心に隙があったのか、隙がなくとも、一気に死を受け入れたのか、


隙と言っては失礼だが、私にとっては、隙なんだ、今は。




今、こうして生きていること自体、


一体、どんな意味があるのかも、


疑問に思うこともあるのだが、


だからと言って、即、死のうとは思わない。


もしかしたら、君も同じように考えていたのかな。


が、ある日、ある一瞬、ふらっと死んでもいいのか、


ちょっと出かけてくる、みたいな気持ちで死を選んだのかなとも、思える。




こんなことを書くのは、自分がそう思っているからでは、ない。


そんなことがよくあるんだと、若者の死を選ぶ背景には、


予想もつかない内面の葛藤からくることもあれば、


誰かに手を引っ張られて死を選ぶ方向に向かう、なんて音もあるのだと言うから、


今、そんな風に書いている。



ともあれ、僕は忘れないぜ。


死は、君の最良の選択ではなかったが、


君と生きた、楽しかった日々は、僕の宝物だし、


いつかまた会える日を楽しみにしている。
                         
                                  

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