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才能があって地方に住むということ

2018/ 10/ 22
                 
ピアノが上手い、
歌が、人の何倍も上手い、
英語がスラスラ話せる、
絵画が得意、
若い時、、人より何かに秀でていることを知って、
あなたは、どうするのでしょう。


もっと力を磨きたい、
有名になりたい、
将来はそれを仕事としたい、
等々、結局は個人の選択なのだが、
今、友人にピアノが得意な同級生がいたとして、
彼は、今で言う過疎の都市に住んだままである。

彼よりも才能に縁がない人、と言っては失礼だが、
反対に、都会に出て、それなりにピアノを武器に様々な方面で活躍している。

田舎に残った彼は、
その地方ではかなり有名であるのだが、
いつの間にか、技術は落ちる、、
それは刺激がない、あるいは、そうであっても構わないと言う彼の信条であったかもしれない。
いつかは力は落ちるもの、、
英語の同時通訳の力でさえ、あっという間に落ちる、、余談だが。

都会に出てそれなりに活躍していたように見える連中も、
がむしゃらに頑張ってきて、それなりに業界で頑張った実績も認められるようになり、
、、しかし、やがてある年齢に達すると、
都会の歪みやどうしても越えられない天井、人生これでいいのかという戸惑い、等々
田舎に住もうがどこにいようが、
まあ、人間ですから、何かある。

酒、女、人間関係、ギャンブル、嫌がらせ、ストレス、病気、事故、、、

気持ちの持ちようで、あるいは、心がけ次第で、
人はどうにでも変われる。

それは、都会の方が、ちょっとではあるが、直面する度合いが高いのでは?

ある程度実績を積んで、組織の中でぬくぬく生きていける可能性は、大きい。
それがいいか悪いかは、知らない。
それが、個人の幸せなのか、わからない。

人と同じことをして、
狭い世界でそれなりに待遇が良ければ、つまり、金が入れば、
それでもいいと、思う人はいる。

で、いつの間にか歳をとり、
おれ、何やっていたんだろう、みたいな風に思っても、
結局、仲間と仕事をやっていたのだから、
それまでの人生に間違いはなく、、、実際、家族を養い、
自分もそれなりやったという実感があるのだろう。

田舎にいる彼は、
もうピアノは弾いていない。

とっくに別の趣味を見つけ、
田舎に住むと決めた時から、
すでに長い人生プランを考えていた。

地方にも文化はある。

地味ではあるし、なかなか誰かに理解、評価してもらうのは難しいが、
それはそれで、いいのだそうだ。

いつも変わらない風景、人々、
同じ景色に50年以上、、平凡以上に単調な生活のように思える。

綺麗で華やかそうな場所に満ちている都に比べれば、大差がある。

しかし、東京から仙台、各地まではほんの数時間だし、
田舎といっても、電車でも近いし、
飽きたらいつでも来れる東京、横浜である。


東京一極集中には問題があるが、関東にいれば、
いや、いなくとも、それなりに文化の恩恵や、
好きならいつでも、時代の流行り、動向に関心を持っていられる。

住む場所によって、
そういうのから距離を置きたい人だとわかるし、
都会に住むメリットよりも、
地方でやっていける自信がある人は、
自分の人生をじっくり考えながら、
対人間の世王に、好き嫌い、相性、があるのだよ。

どこに住もうが、
それなりに幸せはあり、
その人にとっては意味があり、
誇れる才能や技術などは、人の命も、
永遠のものではないのだから、
精一杯生きればいのだ。

ただ、どうしても、この人生、
何かをやり遂げたい、世界が、、なんて考えているうちは、
まだまだですな。







                         
                                  

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