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春なのに

2017/ 01/ 27
                 
柏原さんの歌ではないが、、、、季節はもう春


が、いまいち、春といううれしいはずの実感がまだわかない。


「春なのに」はお別れの歌でしたね、


学生服の第一ボタンをください、なんて、言われたことがあったが、


あれは何の意味があったのだろう。




「春なのに」お別れですか、、、は、


特に北国に住む人々にとっての春は、まさしく厳しい3月が終わっての、、外気が少しは緩み、4月の新学期に向けて


社会人としての旅立ち。


希望と将来の夢に膨らむ季節だろう。




森の木々は芽吹き、野の花は一斉に咲き乱れ、海にも穏やかな日差しがよみがえる日もそう遠くはないのだ。



自然の変化が一斉に見られると同時に、


人でさえも外に出て、街にくりひろげ、縮んだ身体を伸ばすのだ。


魂の解放みたいな、春の訪れである。




一方では、恋人も友達も、4月を境に一定の距離が生まれることになる、、、、。



距離ができれば、、、去る者は日々に疎し、で



次第に疎遠になるというもの。



4月が近づくにつれてよそよそしくなる恋人たち、、、気の毒ではある。



もっとも、最近の要領のいい人は、二股とか三股とか、、うまくやってるのかな、


自分が傷つかないためには、現代っ子、そのくらいでないといけないな。


それでもいい気がする。




「春なのに」は「春」だからお別れなのですが、


こういった、ひとつひとつのお別れを経験して、


人生の終わりの「別れ」を疑似体験するようなもので、


ああ、こうして人は人と別れるものなのだ、


これが別れというものなのだ、みたいなのを実感するのだろうな、、、。



横浜の「春」は、明るい。



2月、3月の関東平野は、太陽が文字通りサンサンである。


北国に住む人は、なんていう違いだろう、みたいに思われる。



冬でも花は咲くのである。


関東の冬は、風はちょっときついことはあっても、


大したことはない。



高台の斜面に位置するマンションからは、


遠く横浜港を超え、海がキラキラ輝いて見える。



春なのに、という悲観的な感覚は、あまりない。


tobecontinued