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19人殺害、26人負傷、、のアレ

2021/ 05/ 27
                 


もう覚えてないだろーか、
津久井やまゆり園の悲劇。
2016年でしたね。
まだ5年前のことでした。




一部コピー神奈川新聞より)
施設職員だった男が逮捕され、殺人罪などで起訴された。被告は神奈川新聞の取材に「(重度障害者が)不幸の元である確信を持つことができた」「意思疎通が取れない人間は安楽死させるべきだ」などと障害者に対する差別的な言動を繰り返し、犯行を正当化してきた。


誰しも若い頃、
自分は無敵だと思うこともあろう。
健康で、友人関係も、仕事も、
何もかも上手くいってる、、。




世界は自分の為にある、って
思いたくなる勢いも、
いつかは病気になったり、
思わぬ事故に巻き込まれ、
手足が思うように動かない、
或いは、鬱病で頭が働かない、などと、
そんな未来は到底理解出来ないかも知れないが、
長い人生、
いろいろある。


そうこうしているうち、
人は年老い、弱くなり、醜くなり、
最期を迎えるものだ。


自分だけは違う、と思いたいが、

そんなことは滅多にない。


さて、遠目に見て、この容疑者は
自分と他人との違いを許せないのだろうか、
それとも、
全てを知った上で、
自分の醜い未来を否定したかったのか、
オレはそうならない、
だから抹消する、みたいな。


語弊があるが、
人のことなどどうでもいいじゃないか。
誰かが自分と違う髪形だったり、
体形だったり、
肌の色が違ったりと、
それで何がいけない?


しかし、裏を返せば、
(返していないかもしれないが)
自分だけは他人と極端には違いたくない、という、
あまりに近視眼的な物の捉え方があったとしたら、
困ったものだ、呆れる。


そう考える人は、実は多いのだが、
だからって、
違う存在を抹消しようと
犯罪を実行しないものだ。


嫌いな人とも仕事をしなければならない時、
あなたはどうする?


あなたの気持ちは微妙な話し方や態度に現れ、
相手にも気づかれている。
でも、そりゃそれでいい。
なまじ無理して近寄ることはないさ。
最低限のマナーさえ守ればいい。
嫌なら視野に入れない、
不要な会話をしない、
それでいい。


しかし、生きていく上で。

同じような苦手な人は多い。
クセのある人もいるし、
存在感のない幽霊みたいな人も、いる。
人は多様だ。


この、多様性を理解出来ない、
理解したくない根底として、
幼い頃、あるいは青少年期の
学校教育や家庭でのしつけを問われる。
どんな友達と会い、遊び、
どんな本を読み、関心を持ち、
どんな生き物や自然に魅力を感じ、
どんな考え方に共感し、受け入れ、
または、破棄し、選択してきたか。
そして、検証したか。
それも多様だ。


正解はないはずだが、
自分の選択したモノを
誰か、自分でない他人と共有し、話し合う、って
貴重な経験ではないか、
同世代、異世代問わず。
小学生と、中学生、社会人とでも、
あるいは老人とも。


ひとりよがりの偏狭な考え方にこだわると、
決定的な誤解や落とし穴があるのに、
本人は気が付かない。
残酷だが、
アリ地獄みたいにハマっていく。




人や本、、何でもいいが、
外から学ぶチャンネルがないと、
自分の考えを検証出来ない、
また、修正できない。


結局、人は人、なのだが、
それも実は、ひとつの選択にすぎない。
そう思わない人もいるのも事実だ。
「ボランティア」の考え方に、
学ぶものはたくさんある。
人は人、じゃないのだよ。


が、どんな考え方にせよ、
そこに至るまでどんなプロセスがあったのか、
どんな人に会い、仕事をし、
何を学んだか、それを検証したか、
自分へ進歩しようとしたか、、
いや、進歩したいと思っていたのか?


所詮、人は人、だが、
自分と向き合うことを避けてはいけない。


生きるって、

知らず知らず、学ぶことだ。





















                         
                                  

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