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夏目漱石の「こころ」はお好きですか?

2022/ 04/ 25
                 









日本人のほとんどが夏目漱石を知っている。

なぜか?



中学校、あるいは高校生の時、

国語の教科書に「こころ」の一部が載っていたので、

その授業を受けたでのしょう。


人間の「こころ」などそんないい加減なものなのだと、

shoの友人は話していたが、

つまり、同じく好きな女性がいたとして、

そのライバルの友人を蹴落としてでも

自分は彼女の母親に交際の許可を得て結婚に持ち込む。



友人のことなどどうでもいい、

自分の幸せの為なら何でもする、みたいなところがある。

人のこころなどそんなもんだと。



いつもは善人で虫一匹も殺さないと思われそうな人が、

いざ遺産の相続人の当事者になったとして、

それまで仲良く助け合って育ってきた兄弟姉妹とは絶縁するほどまで

醜いバトルを繰り広げる。

まるで人が変わってしまったかのように

お金に対する欲をむき出しにする有様は、

それまで懐いていた姪や甥までもが

尻込みをしてしまう。

おじさんってこんな人だったの、と

残念がられるかも知れない。


しかし、それが人間の本性なんだと、

当事者になって初めて知る自分の欲の深さや非情な一面は、

誰もが見せる姿なんだという。

そして結末の悲劇に気がついた時は

すでに遅く、

周りの人々を不幸にし、

自分までもが後悔しきれない絶望に陥る。


それでもまだ、

あの醜い相続争いで見せた自分を、

明治、大正、あるいは昭和や平成という

得体の知れない時代のせいにしたり、

今流行りのコロナのせいにしたり、


誰か著名人の影響のせいにしたりと、自分を守るのに忙しい自分の「こころ」は一体どうしたものか。


本来悪事を働いて責められるべきは自分ひとりなのに、

何故こうも卑怯な自分がまだのうのうと生きている、と自問自答するまでもなく、

友人を出し抜き、

友人を自殺まで追い詰めた自分。


自分は生きるに値しないヤツにちがいないと、

「先生」もまた自殺する。



後悔するなら、

最初から想像つくだろう悲劇を、

避けようとする努力を

人はするもの。





なすがまま、

流れに任せた悲劇は

さらに自らの自殺に導くとは

生死感がどうあれ、

ひとりの人間が死ぬということを

あまりに軽んじて描くところに、

所詮は創作の域を出ない非現実に過ぎない。




人の心の内側を赤裸々に描いた小説であるが、

では、なぜ、これを10代の学生に読ませるのだろう?




人の「こころ」なんてそんなものだから、

軽々と人を信用してはならない。

まして、友人でさえも、

あなたを裏切ることもあるのだからね、

って教訓ですか?




親も親戚も、親しい周囲の人も、

何かの当事者になったら本性を表すので、

世間はそういうものだと知っておきなさい、

みたいな人間不信の教え。




そして実は、

あなた自身もやがて出くわす様々な場面で、

自分では誇ることのできない自分を暴露してしまい、

後悔の念に苛まされる時があるかも知れない。




しかし、同時に、ほとんどの人は同じようなことを

するのだから、

あなたは「死」を覚悟するまで自分を追い詰める必要はない。



あなたのことそれほどの人格者だとは、

残念ながら周りの人は思っていないのだし、

自転車を勝手に置いた、ぐらいの意識で

舌をペロっとだして、あ、ゴメンと、

そのぐらいの感覚で済ましておけるのかもしれない。




自分の住む地域や社会がある程度許容してくれたり、

自分だけでなく、人は皆同じようなことをするのだという

一般化、大衆化によって罪の意識が薄まることもある。




人の「こころ」などその程度なんだと

自覚しなさい、っていう助言。

時の風潮によっても

罪の意識は左右される、と。




自分だけ厳格なルールを守って生きる必要は、

ないのだよとの人生の知恵。




あなたはどんなふうに読まれますか?














                         
                                  

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