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そこで暮らすしあわせとは?

2018/ 02/ 10
                 
日本のどこか地方で、めったに世間に知られない場所で一生を終える、、、


それは一体どういうことなのだろう。


海岸に沿った小さな漁村で、


あるいは、山間の、物好きの旅行者でさえも見向きもしないような山奥の村や町で、


一生を過ごすということは、どういうことなのだろう。




貧乏でも金持ちでも、都に住んでいるというだけで、


時代の流れ、世界の動きを知り、


ある時は、街の景色や賑やかさに気が紛らわされるというもの。



都会にいれば嫌なことは仰山あるが、


それでも、もう都会はいいとの感覚には、なれない。




今や、世界のどこにいても、


北海道の端であろうが、沖縄の島々であろうが、


同じ情報が耳に入り、タイムラグなど感じないで暮らせる。



直接目で、じかに何かを見ないといけない、納得しないということでは、ない。



ソ連の、モスクワから遥か数百キロも離れた小さい街での暮らしは、どうなんだろう。


冬は寒いだろう、夏も短いだろう、春には、、、花が咲き乱れるのでしょう。




カンボジアの、例えば、小さい街で営む小売店はどうなんだろう。


狭い共同体の中で、人生の半分以上を過ごし、


何かのついでに都市に出てきて、どう思うだろう。


     ああ、これが都会というものか、高いビルで働くのか、


     狭い部屋にこもって、高い家賃を払って、あくせく、、


     
     観光地に向かう人でごった返しの駅前と人ごみをやっと抜けて、


     帰りの電車に乗る、、、夕方には、静かな海沿いの街に帰る。




生活の苦楽は、どこに住んでも一緒で大差はない。



地方なら物価も安く、困窮するほどではない。



食べるものは、自分でも作れる。



何が不足かって?


以前との違いは、人の数と仕事の種類。



若い人が減った。都会に行くのは、他にも仕事があるから、



地方で考えられる仕事より、種類が多い、報酬が違う、一攫千金とはいかなくとも、


いろいろな考えを持った人にも出会える。


人と出会うのに、ためらう余地は、ない。



自分の力を思う存分発揮できる場所が、都会には数が多いのだろう、、、。



そのようなチャンスは、すぐには見つけられないかもしれないが、


地方や田舎と比べて、都会で暮らす価値や意味は、その分大きいと思う。



多様な人が多ければ、その中の自分にも何かができそうな気がする、
















                         
                                  

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